ASTスペースモバイルが衛星打ち上げ=衛星通信市場は飽和状態なのか
米ASTスペースモバイル(AST)が12日、衛星「BlueBird」の最初の5基を低軌道(LEO)に打ち上げる(訳注:12日に原文記事公開、同日打ち上げ成功)。ASTには米通信大手のAT&T、ベライゾンが出資しており、同衛星を利用してブロードバンドサービスを提供する計画だ。一方、アナリストは衛星通信市場の現在のダイナミクスが続くかは疑問だと考えるようになってきている。
衛星ブロードバンド事業に参入して日の浅いASTが、フロリダ州にある発射台からロケットで5基のBlueBird衛星を軌道に打ち上げる計画だ。成功すれば、従来からセルラー通信に使用されている850MHz帯を使い、音声、データ、動画といったネットワークサービスをD2C(衛星から携帯電話への直接通信)で提供できるようになる。
次の衛星も開発中で、アンテナを大型化して衛星1基あたりのネットワークカバレッジを拡大するとともに、データ通信のさらなる高速化を目指す。さらに243基の衛星を軌道に投入する計画で、連邦通信委員会(FCC)に許可を申請した。
ASTは2022年に試験衛星「BlueWalker 3」を打ち上げ、何度も通信サービスの試験を実施している。3GPPリリース16に準拠した5G製品を使用した試験では、下り速度14Mbpsを達成した。
この結果には大きな意味がある。これだけ速度が出るようになれば、衛星通信によるブロードバンド接続でできることが広がるためだ。衛星通信は、とりわけデジタルデバイド(情報格差)の解消や、SD-WANサービスのような高スループットの企業用途に役立てられるかという観点から検討が進められている。速度を確保できれば、従来の携帯電話事業者が衛星システムを利用して5Gのカバレッジを拡大する機会も開ける。
このため、すでに数十社の通信事業者が、ASTの衛星通信を利用した地上ブロードバンドのカバレッジ拡大に関心を寄せている。米国内の事業者では、AT&Tとベライゾンがいずれも数百万ドルの資金と貴重な周波数資源を提供している。
「今回ASTと契約したことで、当社の周波数帯をASTの衛星ネットワークと合わせて活用できるようになりました。通常の地上インフラではセルラー信号が届かない、米国内の遠く離れた地域にも、生活に欠かせないインターネット接続を提供することができます」。ベライゾンの技術・製品開発担当シニアバイスプレジデント、Srini Kalapala(スリニ・カラパラ)氏が述べている。
ベライゾンは先月、米スカイロ(Skylo)とも契約、衛星接続に関する取り組みを加速させた。IoTのような低速な用途への活用を目指す。
衛星通信分野では、ベライゾンやAT&Tのほか、競合のTモバイルUSも参加した熾烈な競争が続いている。TモバイルUSはスペースXのサービス「スターリンク」をいち早く契約した1社だ。軌道を周回するスターリンク衛星の数は、今では数千基を数えるようになった。
同社は11日、スマートフォンへの直接通信ができるスターリンク衛星を使った米国初となる緊急警報(WEA)の試験に成功したと発表している。
こうした取り組みのほかにも、Amazon Web Services(AWS)によるプロジェクト・カイパー、米イリジウムのプロジェクト・スターダストなど、衛星通信に関する取り組みは多数行われている。
通信事業者がこぞって宇宙に手を伸ばし、さらに広い地域をカバーし、さらに多様な目的に対応できるようにとネットワークの拡張を急ぐのには、財務面から見ても妥当な理由がある。
米ABIリサーチの予測では、2030年までにD2C市場の規模は116億ドルに、衛星IoT市場は40億ドルに達するという。また、衛星通信市場全体では1,250億ドルに迫ると予測、市場機会がある分野の例として、IoT、バックホール、商用ブロードバンド、モバイル衛星サービスを挙げた。
「市場は急速に発展しています。戦略的提携を結び、低軌道衛星で供給する帯域幅を増やすなど、多くのサービスが展開を強化しています」。ABIリサーチのアジア太平洋地域担当バイスプレジデント、Jake Saunders(ジェイク・ソーンダース)氏が書いている。「衛星が小型化、低価格化し、低い軌道への打ち上げに特化していったことで、参入障壁が下がり、技術革新が促され、衛星通信を利用したサービスや用途の幅も広がっています。市場では、地上系、非地上系ネットワーク双方の通信市場が関わる新たな発展の道筋が複数見えてきており、通信業界のバリューチェーン全体でエンタープライズ分野の機会を形作ることになりそうです」
業界団体GSAが最近発表したレポートでは、「通信事業者-衛星事業者間の提携は、公に発表されているものが43の国と地域で77件ある」とされている。このうち、「衛星サービスの計画がある」通信事業者が37の国と地域で50社、「現在評価中、試験中、または試験運用中」の事業者が9の国と地域で9社、すでに商用衛星サービスを開始している事業者が10の国と地域で10社となっている。
衛星通信事業者の数は多すぎるのか
一方、調査会社は一部の衛星通信事業者が市場にとどまり続けられるのか疑問視し始めている。特に、すでに定評のある地上系通信事業者と同じ条件で競おうとする場合だ。
英調査会社アナリシスメイソンの最新レポートによると、これまで限られた容量を供給してきた衛星通信業界が、今後は大量に供給していく方向へと急速に変化していくという。それに伴い、新たな課題も発生するとしている。
「これまでニッチな市場、希少性の経済という特性を持っていた業界が、豊富性へと変化していくというのは、パラダイムが変わるということです。独自の課題が伴い、独自の機会が生まれるでしょう」。同社パートナーの Christopher Baugh(クリストファー・ボー)氏が書いている。「業界の守備範囲が広がり、何年にもわたって売上高が伸びていく可能性もあります。恩恵を受ける衛星事業者がいくつもあるかもしれません。また、事業者によってはリスクの大きな戦略上の判断を迫られるかもしれませんし、すべてのプレイヤーが成功するわけでもないでしょう」
こうした戦略上の意思決定は、慎重に事業とパートナーへの影響を考慮して下す必要がありそうだ。
「このような市場機会があるとなると、衛星通信事業者は従来の通信市場を一変させようとしているのだろうか、という考えが浮かぶかもしれません。実際のところは、無線接続サービスを提供する事業者としては、今後も通信事業者が主要なプレイヤーであり続けるでしょう」。米MTNコンサルティングによる昨年のレポートで、プリンシパルアナリストの Arun Menon(アルン・メノン)氏が書いている。「衛星通信事業者との提携で恩恵も受けられます。ユビキタスカバレッジによってユーザー体験を強化できるでしょう。一方、衛星通信事業者については、規制のハードルをクリアできるか、資本の流れを安定させられるかが主な懸念点になります。現在は多くの事業者がひしめいていますが、今後3年から5年でいくらかは姿を消すことになるでしょう」
通信事業者にとっても挑戦
こうした変化が起これば、通信事業者の取り組みにも影響が及ぶ。
AT&TのCFO(最高財務責任者)、Pascal Desroches(パスカル・デローシュ)氏は、先日ある投資家向けカンファレンスに登壇した際、聴衆に向けて次のように話している。「当社としては、選択肢があり、競争的な市場があった方が、ユーザーにお手頃な価格で、素晴らしい体験を提供できることになります」
「当社はこういう風に考えています」と氏。「さまざまな事業者がサービスを提供するでしょうし、実際、当社としては、そうなってほしいと願っています。厚みのある市場になってもらいたいと思いますし、ASTもそのうちの1社です」
通信事業者による取り組みでは、Desroches氏のコメントにも登場した「手頃な価格」が鍵になりそうだ。調査会社が注意を呼びかけるようになってきているのが、通信事業者が衛星接続で採算の取れる事業モデルを構築するのは挑戦的な仕事になるということだ。
英ジュニパーリサーチのレポートによると、資産の追跡・モニタリングのような低帯域幅のIoTサービスに衛星リンクを使用するケースが増えていく一方で、こうした用途では「(接続当たりの)売上高が月平均2ドル未満にとどまるため、ROIを確保するのは簡単ではない」という。「モバイルサービスの利用者に対し、既存プランの他にD2Cサービスを追加契約するよう説得する」方が腕の鳴る仕事になりそうだ。
通信市場調査担当バイスプレジデントのSam Baker(サム・ベイカー)氏が次のように述べている。「(通信事業者は)提供するD2Cネットワークのカバレッジの大きさをプロモーションしたり、ブロードバンドや個人ユーザー向けではデータ通信量の多い接続に対して割増料金を設定したりする必要があるでしょう。モバイルブロードバンド契約やスマートフォン契約など、収益性の高いD2Cサービスのユーザーを集めるのに良いと思われます」
Is AST SpaceMobile launching into an oversaturated satellite telecom market?
電気通信、5G、無線アクセスネットワーク(RAN)、エッジネットワーキングを専門とし、電気通信分野を20年以上担当している。SDxCentral入社以前は、RCR Wireless Newsの編集長を務めていた。
連絡先:dmeyer@sdxcentral.com
X(旧Twitter):@meyer_dan
LinkedIn:dmeyertime
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