介護IT
文:【インタビュイー(回答者)】井上創造

IoTとビッグデータで解決できる介護の悩み  <第1回>

IoTとビッグデータで解決できる介護の悩み  <第1回>

“現在の技術で介護向けにどこまでのことができるのか”をテーマに、介護ITの研究をされている九州工業大学 井上創造教授インタビューを4回連載でお届けします。第1回は、IoTとビッグデータを駆使して介護分野の課題に取り組まれている井上先生が感じておられる介護事業所における課題についておうかがいします。今回はIT企業として介護ソリューションを提供している京セラみらいエンビジョンの松崎氏にも一緒にお話をうかがいます。
(インタビュアーはnewsME編集部 宮澤)

介護事業所が抱えている課題について
〜介護業界が変わるための考え方MSKとは〜

― 先生が感じておられる介護事業所における課題についてお話いただけますでしょうか。

井上:多分色々課題はあると思うんですね。一言で言えば生産性ということになるんですが、具体的に言うと色々と上がってきます。

 

01介護事業所が抱える課題①:生産性向上のための介護機器の利用

井上:例えば、まずIT機器とかITシステムというのはサービスとして色々と存在しています。介護用の専門サービスももちろんたくさんありますし、特に一番のコアというかよく使われているのは、介護報酬の請求関係ですね。請求業務のために、どうしてもシステムを使うことになるので、最も使われてるシステムだと思います。

それ以外では、例えば介護記録とか見守りとか。もっと言うと介護ロボットですね。ロボットというと、鉄腕アトムのような「ロボット」をイメージされるかもしれませんが、介護ロボットというのは本当はロボットじゃないんですよ。介護ロボットの定義は「ロボットテクノロジを使って作られた、またはロボットテクノロジを使っている介護機器」のことなんですね。だから、ロボットというと自律的に賢いことをやるようなイメージがあるかもしれませんが、介護ロボットとなると、それはもう介護機器です。要は「スマートな」介護機器だと思ってもらえばいいんですが、そういう介護ロボットで役に立つものがあるのにまだ普及していない、もしくは、まだ十分に役立つものができていないという課題があります。特に課題と感じているのは、介護専門の機器や介護ロボットがあるにもかかわらず、まだまだ普及していない、利用されていないという事が一つです。

 

02介護事業所が抱える課題②:生産性向上のためのテクノロジの浸透

それから、介護ロボットや介護専門・専用のサービスでなくても、現状ITには色々なサービスがある訳ですが、例えば、グーグルのスプレッドシートなどを活用すると、結構高度なことができます。ほかにも、専門的な言葉で言うとノーコード、ローコードツールというようなものがあって、そういったものを使って組み上げると、例えば、介護業界でいうところのシフト調整の仕組みなどがプログラム開発をあまりしなくてもできるんです。スタッフ皆さんの都合を集めてきて勤務シフトを調整するとかはやれる人がやればすぐできるのですが、そういうことがほとんど普及していないので、生産性も上がらないという課題があります。

それから、インフラへの投資と言ったらなんですが…。例えば、全国の介護施設でWi-Fiなどのインターネット環境が整っていれば、今言ったようなことはすぐにでも実現できる訳ですが、「そもそもインターネットが使えない」という問題は地味に大きい問題です。今、我々はインターネットが使えるのが当たり前のような生活をしていますよね。いくつかある介護施設紹介サイトで、入居者がインターネットを使える介護施設を調べてみたんです。私が調べた時は、インターネットが使える介護施設は全国の介護施設の約5%でした。今のご時世、一般的には80%以上で入居者がネットを使える環境になっていますよね。この数字は調べるタイミングで変わると思いますが、要は、95%の施設ではインターネットが使えないという現実があります。

コロナが始まった頃の数字ですが、今も5%に近い値だと思います。コロナ過では特に、介護施設は安全管理上どこでも面会謝絶にしていて、ご家族と面会できませんよ、という辛い状態がありました。コロナが特にひどい時、特に初期の頃から半年とか一年ぐらいそういう状況だった訳です。そうすると施設に入っている入居者さんは、もちろん物理的にはとても長いあいだご家族と会えない。僕らだったら、スマホを使ってテレビ会議するとかして、ちょっと離れてても昔ほど寂しくないっていうのありますよね。でもインターネット環境に整っていない施設に入所している高齢者の方は、一年半とかスタッフさん以外と会えない訳ですよ。いくら安全のためとはいえ、楽しみや刺激の無い囚われの身のようでは…。こういう状況を本当に何とかしたいと思ったんです。またこれば面会できないことだけではなく、先ほど言ったような介護記録とかシフト調整とか色々便利なツールがあるのに誰も使っていなくて。不便と思っていてもどこまでも手書きで調整するみたいな、そんなことが結構まだまだ多いと思います。生産性を向上すると言った時の大きなツールとしてITがある訳ですが、そのIT化は進んでない。インフラとしてのインターネットの整備も進んでいない、普及してない、というのが抱える課題として非常にあります。

またそれに伴う課題だと思いますが、IT化のための人材もいないということも課題です。今の介護事業従事者の平均年齢は五十歳前後です。五十前後となると、スマホが十分普及していなかった世代なので、スマホは持っているがLINE以外使っていないという方もかなり多いですね。そういう方々でも、スケジュール調整アプリの「調整さん」で日程調整してみよう、と使ってみれば使えるはずなんですが、まず使ってみない。そういうケースはほんとに多いです。

というような感じで、全般に、課題としてはテクノロジが浸透してないということが先ほどのケアXDXセンターの「X」の部分につながってくる訳です。どうやったら利用できるのか、多分一回使ってもらったら、これすごくいいね、と思ってくれて、それからはずっと使ってくれるようになり、次にはないと困る、という状況になってくると思うのですが、そこまで持っていくための道筋というか、道筋を作るというのが課題かなと思います。

ー 今、先生のお話を伺いながら、松崎さんがかなり深くうなずいておられましたが…。テクノロジのサービスを提供する側として、松崎さんはどうですか。先生のお話、どういう印象をお持ちになりましたか?

松崎:僕らはITにどっぷり浸かっていて、オンライン会議などが当たり前になっているので…。例えで言うと、省略した用語など、DXもそうなんですが、その言葉を使っていない人からすれば何を喋っているのかが全然わからなくて、結局会議の中身全体もわからない、というのと一緒ですね。僕らは分かっていると思っているので「Zoom使えばいいじゃん。テレビ電話なんて簡単だよ」という感じで話をするんですけど。でも実は、先生の言われる「道筋」がすごく大変なことだということを実感しています。よく言われるのが、LINEで電話ができるのはわかっているんだけど、お母さん達はLINEで電話を発信することも取ることもできないんだ、と。それとともに、スマートフォンは怖い、変なショートメッセージが来て怖い、だから開かないんだ、と言われてしまう。そうするともう、入り口の時点から全然駄目だっていうのを何度か経験していて。自分たちが考えていることよりももっともっと手前に寄りそっていかなきゃいけないんだろうな、という感覚を持ったことがあるので、すごく共感していました。

井上:ではせっかくなので、少し質問からはずれるかもしれませんが、じゃあどうすればいいかという話を少しさせてもらっていいですか。

松崎:是非、お願いします。

 

03介護事業所が抱えるそれらの課題を解決する:フレームワーク「MSK」

井上:今、松崎さんが言われたような話は結構色んな方が言っている話です。ITが浸透しないのは、スタッフもシニアだから。スタッフも高齢化していてITになじんでくれないと。でも、じゃあそれをどうすればいいかということを言っている人は案外少ないんです。で、実は私は、その答えというか仮説を持っていまして、私が勝手に決めたフレームワークなんですが、ちょっと面白い「MSK」というのがあります。松崎さん、MSKってなんだと思います?。

松崎:何だろう!「M=マジ、S=スゴク、K=カンタン」みたいな感じですか?

井上:惜しい!惜しいかもしれない!ちょっと他の方にも聞いてみよう。宮澤さんはどうですか。

― マジすごい?!、えー何だろう?「K=これいい」とかそんな感じでしょうか?

井上:ははは。では、答えを言いますね。これは、「M=見る、S=知る、K=決める」ということなんです。これは、何かを購入する時の心理とかでよくある話を私なりに簡単にまとめただけなんです。例えばスーパマーケットで、ウィンナーなどの試食販売をしていますよね。なぜああいうことをやっているかと言うと、ただ置いているだけでは買ってくれないけれど、試食があれば、最初は小腹が空いたからと思って食べさせてもらって、そのあいだに、販売員さんから「これって何とか産のポークで、なかなかレアなんですよ。」とか言われてちょっといいなと思い始めているときに、どうですか?と言われて買う、みたいなそういうフェーズがある訳です。まあ「X」の話も、そういう風にフェーズを分けないといけないな、と思っていまして。最初は見て興味を持ってもらう、それから次に知識を得てもらう、教育とか、ですね。それから決める。決める=購入するということなんですが、そういう風にフェーズを分けることで、それぞれのフェーズの目標感というか、フェーズの目標が違ってくる訳ですね。最初は、食べてみたい、小腹を満たしたいというニーズ=欲求を満たす、それをやっている間に、販売員さんが色々説明してくれて、なるほど!と知的好奇心を満たすように知ってもらって、そうしたら最後はいいなと思って買ってもらう、という風な流れを作ればいいのではないか、と考えた訳です。

介護業界で言うと少し違う形になるかもしれませんが、例えば最初は興味を持ってもらって、次に少し体験してもらって、いいと思ったら決める、というように。M=見る、Y=寄る、K=決める、でMYKっていうのもあるんですが、最初は見る。みんなで集まって見てもらって、色々意見交換しながら、ITって難しい怖いと思っていたけどやってみたら簡単だよね、と体験してもらい、それから決める、というフレームワークを仮説として持っているところです。この「MSK」や「MYK」という言葉自体は私が分かりやすくまとめたものですけども、色々な購買のフレームというかファネルというか、色々と議論され提案されているものです。具体的に私が介護の業界でやっていることとしては、それは、AUTOCAREでやっていることになりますが、介護IT部を作ったり、介護ITインストラクターという資格を作って、介護業界の中でもITに興味のある方を集めて勉強会をやっています。学び合うところで「Y=寄る」ことをやっている訳で、色々な方法論、やり方があるだろうと思って活動しているところです。

松崎:ありがとうございます。そう、介護ITインストラクターですよね。勉強会には参加できていませんが、興味を持ってずっと注目しています。多分このような草の根活動がすごく重要なんだろうな、という思いがあります。どうにかしてこういう活動をもっと大規模にヒットさせたいとも思っています。他にも我々が、我々の立場としてできることを一生懸命模索してやっていきたいという風に思っています。

井上:今、介護ITインストラクターでは、今までの勉強会の内容を本にまとめています。介護にあまり関係ない人でもすごく分かりやすいものになっていますが、まずはそういう本を配ったり、そういうことも含めて活動していきたいなと思っています。

松崎:はい、是非。我々は応援していきますし、何かしら参画したいと思っております。

― 今回は井上先生が考える介護事業所の課題についてとその解決につながるフレームワーク「MSK」についてお話いただきました。井上先生、ありがとうございました。いきなり本題から入っていきましたが、次回は先生に自己紹介をしていただこうと思います。ぜひご期待ください。

 

関連リンク:

合同会社 AUTOCARE
しらせあいコール
サウンドマインド
けん脳Check!

【インタビュイー(回答者)】井上創造
【インタビュイー(回答者)】井上創造

国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO

所属学会:情報処理学会 シニア会員、IEEE、ACM、日本データベース学会、電子情報通信学会、日本知能情報ファジィ学会、日本医療情報学会
介護や看護行動に関する行動センサビッグデータを集め解析を進めている。

【インタビュイー(回答者)】井上創造
【インタビュイー(回答者)】井上創造

国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO

所属学会:情報処理学会 シニア会員、IEEE、ACM、日本データベース学会、電子情報通信学会、日本知能情報ファジィ学会、日本医療情報学会
介護や看護行動に関する行動センサビッグデータを集め解析を進めている。

記事一覧へ