IoTとビッグデータで解決できる介護の悩み <第3回>
“現在の技術で介護向けにどこまでのことができるのか”をテーマに、介護ITの研究をされている九州工業大学 井上創造教授インタビューを4回連載でお届けします。第3回は、IoTとビッグデータを専門に研究をしている井上先生が介護(業界)の課題に挑戦したきっかけについておうかがいします。(インタビュアーはnewsME編集部 宮澤)
介護業界の課題に挑戦したきっかけ
〜介護業界が最先端の研究分野である理由〜
― IoT、ビッグデータの専門家である井上先生が、なぜ介護業界に注目し、介護業界の課題に挑戦しているのでしょうか?
井上:一見、全然関係ないような感じがするんですけど、私から見ると非常に関係があるんですよね。これには二つの意味があります。私の経歴と言うか、やってきたことの成り行きで、IoT、ビッグデータと介護が非常に近くなっているということがひとつです。もう一つは、よくよく考えると、そもそも介護は技術から見ても重要な分野だというのがあります。
01介護(業界)の課題に挑戦①:経歴と介護
井上:まず一つ目の理由からご説明します。元々私はビッグデータの研究をしていました。学生時代、大学院、博士課程の時は、データベースとかデータ工学という領域で、データはどういう風に使えばいいかという、情報の中でも本当にピュアな領域を扱っていました。データベースの技術は非常に重要で、データベース設計は、建物で言ったら構造設計とか基本土台の部分になるんですけれども、そういったものを研究していました。その中で、データベースなどは人間のヒューマンファクターが入ってくると結構問題が大変になってくるんです。
どういうことかと言うと、例えば、トランザクションという概念がありますが、銀行である口座から別の口座にお金を動かすときに、1万円を引き落として別の口座に移す場合、例えば二つのシステム、銀行Aと銀行Bがあったとした時に、銀行Aから1万引いて、銀行Bに一万足せばいいので簡単なのですが、単純に設計すると、世の中のお金が消える、ということが起こるんです。なぜかと言うと、停電でもなんでもいいのですが、銀行Aから1万円引き算しました、その瞬間にシステムが壊れました、システムが止まりました、となってその後電源を入れなおしました、としたら、引き算したところでシステムは止まっているので、銀行Bにはまだ1万円が足されていない状態になる訳です。そうすると、世の中から1万円が無くなったことになる訳ですよね。これは問題だ!ということで、データベースの世界ではトランザクションという技術で、それを何とか防ごうという仕組みが研究されてきたんです。機械でパッとやる分にはいいのですが、そこに人間が入ってくると複雑になる。例えば「銀行Aでお金を下ろして、銀行Bに入金するまでに1か月かかります」のような、引き落としから入金までに時間がかかる場合、その間、このシステムは絶対止められなくなる訳ですね。で、他の口座も扱えないときは?、みたいなことを考える訳ですが、そうするともう、システムとして成り立たないような世界になってくるので、人間という要素が入るとすごく難しいなあ、とその頃から思っていて。博士号を取った後、いよいよ人間に関係するところを研究してみたいと思い始め、まだその頃は、IoTという言葉はなかったんですが、 ちょうどSuicaとかFelicaなどの非接触型ICカードが流行り始めて、普及し始めた頃でした。
例えば、洋服の商品タグがありますが、そのタグをつけておくと在庫管理が自動でできるとか、図書館の図書の後ろにそれを貼ってくと図書の貸出が自動でできるとか、そういう話が出始めていて。今では実用化されている部分も多いですが、そういう分野が面白いなと思って…。そういうシステムが現実に出てきた時に、システムというか、データを表すものが出てきた時に、当然、人間も扱う訳なので、では、システムとしてどうやって管理していけばいいか、というところにすごく興味が沸いたんです。そうこうしている時に、ちょうど、消防局の方からICタグを使いたいと連絡があって、何で使いたいんですか?と聞いたら、大量の怪我人が出るような電車の事故などがあったときに、救急車がどう動けばいいかわからなくなる、と。救急車は、けが人を乗せて対応できる病院に搬送しますが、搬送先の病院は結構様々なんです。ベッドが空いている、受け入れ可能な病院に送らないといけないけれど、連れて行ってみてダメで、また次に行って、また戻ってきて、と往復したりもする訳で、だんだんわからなくなってくるらしいんです。で、どうすればいいか(どうにかできないか?)というご相談でした。
他にも、ファーストレスポンスというのか、トリアージ情報に関してです。初見の30秒くらいで、受傷した方の受傷のレベルを共有するため、トリアージタグと言うカードをぶら下げるんですけど、そのトリアージ情報がどこかに行っちゃうという問題ですね。目の前にいる方を見て、この人は危ないからなんとかしないといけないという判断はできるんだけど、その判断の情報が他と共有できないという問題。そのトリアージタグというカードの後ろにICタグをつけて、そこにデータを貯めておくことで、目の前にいる人の情報は絶対そこ、その場でわかる、というような仕組みを作って実験した、というのが最初の医療関係との関わりですね。
最初は糖尿病でしたが、いわゆる成人病と生活習慣病に関わって、糖尿病のデータ管理や生活習慣管理というところが研究に繋がりました。生活習慣と言うと、日常で何をやっているかという人間の行動そのものがすごく大事になってくるのですが、それをどうやってセンシングするか?となるとIoTが大事になるんですね。IoTを利用してデータが集まってきたら、それをどう処理するか、どういう風に解析するかというのが今度はビッグデータの話になってくる、という風にやっていたんですけど。その研究をやっている中で、糖尿病専門の先生が言っていたのが「生活習慣病の研究というか、糖尿病の医療は病院だけではほとんど何もできない。とまでは言わないけれど、結構わからない情報が多い」と。なぜかと言うと、糖尿病の方は、生活習慣を自宅で記録する訳ですが、記録したものを、1か月に1回の診察時に、その記録を医師に見せるんですね。診察時に医師が患者と話す事と言ったら、その記録をみて「どうですか」とか言うこと。場合によってはお薬を出したりとかしますが、要するに、診察で医師がやることというのは、患者と日常の情報をやり取りすることなんですね。だから本当は、その患者の日常生活の情報をもっと客観的に知りたいんだと言われていましてね。まあそういうことで、私がやっているコード認識のようなセンシングとAIを組み合わせて、人が何をやっているかということを認識する技術の研究に繋がっていったんです。他にも、その先生が言っていたのが、病院だけではやれることが非常に限定される、病院に来ただけでは医療として提供できることには限界がある、ということでした。
ところが、高齢者に目を向けてみると、自宅=日常生活と病院の間に、実はあるサービスがあって。それが介護というサービスなのですが、医療と日常生活の間をつなぐものとして、介護サービスは医療システムと並ぶ日本のシステムとしてでき上がってきていると。ここの部分がうまく連携できれば日常生活のデータとしても使えるし、分析すれば、もっと良いケア、もっと良い医療・介護ができるんじゃないかということをおっしゃって、なるほど!と思った訳です。そのときの私が、エンジニア的な感覚として思ったのが、例えばICU(集中治療室)とかに入ると本当に手厚いケアがされる訳です。そこではセンサデータと言いますか、バイタルサインや、場合によっては心拍や心電をずっと継続して計測している。データとしてはすごくリッチなデータが取れて、分析もできると言うことになるんですが、それは日常生活ではない。日常生活となると、そういう継続的にデータを取ったり、計測したデータを分析するということが途端に難しくなる訳です。個人情報の問題もあるし、データ量の問題もあるし、専門家が測定していない、見ていないという問題がある、ということになる。
先ほど言ったように、医療と自宅の間に介護があるのですが、ほんとに介護は中間なんです。データとしては何かありそうだけど、分析しにくい感じのデータで、ただの介護記録として存在している。医療だと、分析するためのフォーマットなどがある程度決まっていたりするんですが、介護はまだそこまでではない。でも記録はある。スタッフの誰かが見守りした、という記録はある、という感じです。在宅(非専門)よりはちょっと医療よりな、かつ、ビッグデータということになるので、そこは研究としても面白いし医療者から見た時の課題でもありそうだ、と。加えて、今の日本は高齢化社会ですが、その中で介護の効率化・生産性向上というのはすごく大事だと言われています。私も「介護の生産性」については最近知ったことではあるんですが、元々の技術としても面白いんです。ということで、医療から見てもとても課題が多い中、介護の業界がすごく大事だという思いでかかわった、というのが最初の話の答えです。
02介護(業界)の課題に挑戦②:社会的なニーズ
井上:二番目のお答えになるのは、社会的なニーズを感じたということです。例えば、今介護業界というのは人材がすごく不足しているし、これからもっと不足するという予測がされていますね。実は、医療・介護業界に対して、生産性を向上せよ、と旗を振っているのは日本だけなんですね。日本は、これらの業界の生産性が伸びていない、良くなっていない。他の国では生産性が上がっているのに、日本だけが上がっていないという現状があります。そういう現状があるので、そもそも人材不足だけど生産性を向上するにはITが使えるんじゃないか。ということは社会的ニーズに応えることになるのでは、というところが二番目のきっかけです。
― 井上先生、ありがとうございました。井上先生が研究されているIoT、ビッグデータと医療・介護との関係性について良くわかりました。次回はいよいよ最終回、課題を超えた先に、デジタルでできる未来についておうかがいしていきます。ぜひご期待ください。
関連リンク:
国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO
所属学会:情報処理学会 シニア会員、IEEE、ACM、日本データベース学会、電子情報通信学会、日本知能情報ファジィ学会、日本医療情報学会
介護や看護行動に関する行動センサビッグデータを集め解析を進めている。
国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO
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