IoTとビッグデータで解決できる介護の悩み <第4回(最終回)>
“現在の技術で介護向けにどこまでのことができるのか”をテーマに、介護ITの研究をされている九州工業大学 井上創造教授インタビューを4回連載でお届けします。最終回は、介護業界に向けてデジタルの力でできることについておうかがいします。今回もIT企業として介護ソリューションを提供している京セラみらいエンビジョンの松崎氏にも一緒にお話をうかがいます。
(インタビュアーはnewsME編集部 宮澤)
デジタルの力でできること、将来像 〜デジタルで、時間と空間を飛び越える〜
― これまでお話いただいたような介護事業所の課題がありましたが、デジタルの力でできることについて、将来像を含めて語っていただければと思います。
井上:まず、DXについてですね。DX=デジタルトランスフォーメーションと言いましたけれども、今までお話してきたのは、どちらかというとデジタル=Dの方なんですね。だけど本当は「X」のほうを見ないといけないと思うんですよ。デジタルトランスフォーメーションでどういう風にビジネスが変わるか。介護をビジネスというとちょっと語弊があるかもしれないですけど、ここではビジネス=サービスですね。サービスがどう変わるか、ということを考える。どうしても既存のサービスの上で何ができるかということを考えてしまいますが、それではどうしてもデジタルの部分だけ、つまりIT化のことしか言ってないことになる訳です。未来とか今後を考える時には不十分で、トランスフォーメーション=Xの方を意識した方がいいと思います。
いくつかあると思うんです。デジタル化で何ができるか、簡単に言うと、時間と空間を飛び越えることができるということだと思います。遠くにいる者があたかも近くにいるようにやり取りができるとか、ちょっと昔の物や、過去とか未来のことが分かるようになるとか。今までわからなかった未来がちょっと予測できるようになるとか、そういったことが色々できるようになるでしょう。その、時間と空間を飛び越えるということでいくつか例を挙げてみます。
01膨大な過去の記録、未来の細部まで予測 – 時間を飛び越える
まず時間に関しては、いくらでもデータを記録できるようになることが前提にありますね。例えば、今介護の現場では、BCP=事業継続計画のことですが、何か災害があってもちゃんとビジネスが続けられるように計画を立てなさい、と、国から言われている訳です。そのBCPとして、データをクラウドにバックアップするなどの対策が考えられていますが、同時に、やったことを自動的に記録としてデータ化するということがあります。要するに、自動記録=データ化してバックアップしておけば、安全に過去のデータをいくらでも遡ることができるということ、これは過去のデジタル化ですね。未来に関しては、今私たちは未来社会創造プログラムという研究で国のプロジェクトをやっていますが、そこで「ケアの天気予報」という研究をやっています。これは何かと言うと、ちょっと先の未来を予測しましょう、予測したことを天気予報みたいに「予報」として提供し、予報に応じたケアのプランなど色々対策を考えましょう、考えることができますよ、というようなものです。このケアの天気予報としては、色々なものが考えられます。
例えば、車椅子から立ち上がろうとしている人が数秒後に転ぶかもしれないと予測するとか。転倒の予測などは結構難しい話ですが、もしかしたらできるかもしれない。他にも、カメラとかで姿勢を検知するシステムというのは発展していますから、そういうこともできると思います。もう少し中期的に言うと、ベッドセンサなどの見守りセンサがありますが、そういうもので、睡眠のパターンから次の日の食欲がどうかとか、リハビリを頑張ってくれるかもしれませんね、とか。そんな感じで次の日の予測ができるかもしれない。実際その日の天気で、機嫌がいい悪いは結構あたったりする訳ですね。もう少し長期的になると、このままだと何日か後にフレイル状態が少し悪くなる予測だから運動を少し強めにやった方がいいですね、とか。中長期的に、一カ月ぐらいのスパンの予測という感じで、将来を予測しながら何か活動するということができるようになるかなと思います。これが時間ですね。
02見守り機器で介護者の巡回業務を軽減 – 空間を飛び越える
場所に関しては、今では結構色々な見守り機器があるので、見守り機器が入っていることで、介護施設の夜間の巡視回数を減らすことができたりしていますね。見守り機器によって離れたところの方の見守りケアができている訳です。場所、というものをもっと広く捉えて考えていくと、今は、複数の介護施設、介護施設と介護施設が連携するようなことはまだ実現してはいないのですが、例えばある介護施設に中央セントラルな管制制御室を作って、そこが全国に散らばっている介護施設を管理する、などが考えられます。中央の管制制御室の人達が全部の施設を見守り、個々の施設の利用者の近くにはいつでも駆けつけられるスタッフが一人二人いるみたいな感じですね。現場に行く必要があるときはパッと行けるようになっているけれど、それ以外のことはほとんどこの中央管制室でやっています、みたいなことも多分できると思います。もしかしたら自宅で受ける介護も、サービス提供方法の工夫と組み合わせで地域を広くカバーするようなサービスが可能になると思うんです。
今一番それが進み始めているのはケアマネさんの居宅介護事業所ですよね。ケアマネさんって、高齢者の方の状態を見てケアプラン作り、サービス全体を統括する司令塔のような感じではあるのですが、月に一回以上は絶対に利用者を訪問しなければいけないんです。でもそれ以外は実は、原理的に全部テレワーク、リモートワークができるんです。例えば、沖縄の方のケアプランを北海道のケアマネが作ることもできる。一か月に一回の訪問さえできれば可能な訳です。実際そういうやり方に取り組んでいるところ(事業所)もあって、もう場所という制限がなくなってくると思うんですよ。
どうしてもケアというのは物理的な作業、身体的な作業も必要になってくるので、完全にITだけでは解決できませんが、今ではロボット、特に自動運転などが発展し始めてきていますね。自動運転のイメージとしては、車に乗ったらドライバーは運転しなくてもどこかに連れていってくれるようなイメージですかね。ですが、まっ先に普及するのはそちら(個人の乗用)ではなく、自動運転の配送ロボットが自宅の前までお弁当や薬を配送してきてくれる、とかだと思います。他には、送迎。デイサービスの送迎業務は相当に大変なんですが、自動巡回の乗合バスのような感じで地域を廻って、利用者をデイサービスまで連れてきてくれる、みたいなことができるようになると思います。これらは、法制度としてできるようになりつつあって、2023年には実施できるように準備していると聞いています。ドライバーが手放しして、という自動運転の法制度ではなく、公道を配送ロボットなどが走っていいというような制度が整いつつあるので、全然遠くない話だと思います。
いずれにしても、諸外国の中で高齢化が一番先に進んでいるのが日本だと言われていますが、周りの国の高齢化も進んでいます。数十年もすれば中国なども高齢化率は日本に追いきます。そうなると、課題先進国という意味での日本の優位性がなくなるので、これまで話してきた未来を早々に現実のものにしておくことが非常に大事だと思っています。
― 先生、ありがとうございます。IT化の先に、時間とか空間を飛び越えるトランスフォーメーションが進んでいくと、本当に介護のサービスが変わるんだろうという未来がイメージできました。松崎さん何かございますか。
松崎:京セラみらいエンビジョンでは自動配送にも取り組んでいます。背景には高齢化に対応したいという思いがあり、その実証事業にも携わっている状況です。我々の取り組みとして、自動運転は、車のセンサ系から埋め込みの誘導線を辿っていくものまでありますが、誘導線に関しては沖縄などで実証事業をしていますね。多分その辺はビッグデータとかにすごく関係してくると思うので、僕的には凄く興味深いです。
井上:「しらせあい」という介護向けのソリューションも提供されていますよね?
松崎:はい、介護向けに「しらせあいコール」を提供しています。何がいいのかというと、単純にひとつボタンを押すだけでテレビ電話ができる、というものです。実際、現場で使っていただいている方のお話を聞くと、今まで音声だけのやり取りしかできず情報量が少なかったものが、画像が見えることによって表情が分かるのが良いと言っていただいています。また、事業者が利用者さんとの連絡手段として使う時に、呼びかけて、相手が取ってくれなくても自動で起動する機能があるので、それが便利と。呼びかけると、顔で「うん」と頷いたのが確認できて、簡単に情報を得ることができるというのがすごくメリットだ、とおっしゃいますね。あまり大したことのないITだと思うのですが、実はそんなことでも結構役に立つことがあるんだなって思ったので、紹介させていただきます。
井上:ここまでにも、どう普及させるかが課題だっていう話をしましたが、そういう簡単な仕組み=ITであれば、結構使ってくれるということになるのかも、ということですね。なるほど、なるほど。今日はどうもありがとうございました。
― “現在の技術で介護向けにどこまでのことができるのか”をテーマに、4回にわたりお話をおうかがいしました。井上先生、ありがとうございました。
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国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO
所属学会:情報処理学会 シニア会員、IEEE、ACM、日本データベース学会、電子情報通信学会、日本知能情報ファジィ学会、日本医療情報学会
介護や看護行動に関する行動センサビッグデータを集め解析を進めている。
国立大学法人 九州工業大学 大学院 生命体工学研究科 教授
国立大学法人 九州工業大学 ケアXDXセンター長
合同会社AUTOCARE CTO
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