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文:Nancy Liu

IBM、マイクロソフト、グーグルが量子分野のスキルギャップ解消を急ぐ

IBM、マイクロソフト、グーグルが量子分野のスキルギャップ解消を急ぐ

量子コンピューティング業界が活況を呈している。2035年までに7,000億ドル(約96兆3,700億円)に迫る価値を生み出すとも見込まれている分野だが、その進展はスキル人材の不足によって脅かされているようだ。今後20年間、量子関連の仕事は指数関数的に増え続けると予測されており、IBMやマイクロソフト、グーグルなどのトップ企業は競って量子分野のスキルギャップを解消し、多様な人材を確保しようと務めている。

現状では量子関連の求人3件に対し、ふさわしい応募者は1人しかいない。また、マッキンゼーの調査によると状況は悪くなる一方であり、相当な介入がない限り量子コンピューティング関連の職は2025年まで50%未満しか埋まらないと予測されているという。

世界経済フォーラム(WEF)によれば、既にテック業界に影響が及んでおり、量子関連企業の半数以上が適切なスキルを持つ人材を採用したいと望んでいながら候補者を探すのに苦労しているという。また、どの大陸でも既に量子分野のスタートアップ企業が現れており、今後20年間、必要とされる量子関連の仕事は指数関数的に増加すると予告している。

「この分野では今後5年、あるいは7年後の2030年頃までおよそ数千万人という働き手が足りない状態が続くことが分かっています」。IBMの「Qiskit」研究・教育部門の北米責任者、Olivia Lanes(オリヴィア・レインズ)氏が米SDxCentralの取材で語った。「また、IBMの量子関連事業では、スタックのあらゆる部分でプレイヤーを必要としているということを強調しておきたいと思います」

「特に、従来のソフトウェア開発の経験がある人、制御電子機器を作るのが得意な人、高周波電子機器の研究室で働いた経験がある人、従来のEE(電気工学)のバックグラウンドがある人を非常に必要としています」と話した。

 

IBM、マイクロソフト、グーグルによる量子人材のスキルギャップへの対処

量子関連の人材ギャップに対処する取り組みではIBMが先頭に立っている。「IBMはオープンサイエンス、オープンコミュニティという考え方を以前から強く支持しています。また、量子分野への関心を高め、人材を育成しようと努めてきました」。Lanes氏は言う。

IBMの主な目標の1つに、量子、AI、クラウド、サイバーセキュリティ、エンタープライズコンピューティング等の技術領域で2030年までに3,000万人を教育するというものがある。

量子分野での取り組みの1つが「Quantum for Educators」プログラムだ。量子コンピューティングを教える教師に対し――中学、高校から学部、大学院課程まで――、クラウドを介してIBMの量子システムを無料で利用できるようにしている。

Lanes氏によると、同プラグラムは現在500を超える大学の授業で利用されているという。「教材として触れるためのハードルを下げ、先生方が教室で教えられるようにしたいと考えたのです」と氏。「授業で本物の量子コンピュータを使い、実験をしたり実際に使っているところを見せたりすることができます。学生が課題や自主学習をする場合には予約も可能です」

IBMは2021年に量子開発者認定制度も開始している。「これまで量子物理学を知らなかったという現役の開発者に向けて、Qiskitと量子ソフトウェア開発の基本を示すテストを作成しました」と氏。これまでに約900人の開発者が認定されているという。IBMが教育やオープンソースの取り組みに力を入れていることは、同分野への関心を高め、人材を育てることに一役買っている。

最近ではオンラインで提供している「Qiskitグローバル サマースクール」が始まった。明日の量子開発者に対し、量子アプリケーションを書くために必要なツールやスキルを提供することを目的とした2週間のバーチャルイベントだ。

「参加する学生は毎年上限人数の5,000人に達しています」と氏。「当社が量子界隈に入ってくる人を増やすために実施しているこうした取り組みは、全て無料で提供しています。こうした教育への取り組みにはここ数年で1億ドル(約140億円)くらい投資していると思います」

マイクロソフトも量子コンピューティングの高度人材の需要増に対処すべく取り組みを実施している。

同社が提供するのは量子開発キット「Quantum Development Kit(QDK)」。オープンソースの量子プログラミング言語 Q# と量子ライブラリ、既存のあるいは作成前の量子マシンをシミュレートする量子シミュレータを備え、「Visual Studio 2022」「Visual Studio Code」向けのQDK拡張機能を提供、「Jupyter Notebook」とも統合されている。QDKには「Azure Quantum」サービスとは別にスタンドアロンで使用できるコンポーネントも含まれている。

さらに、米Brilliantと提携して「Quantum Computing」という対話型講座を提供、量子コンピューティングおよびQ#でのプログラミング学習を支援している。また、量子分野のスタートアップ企業Classiqと協業、量子ソフトウェア研究・教育のためのグローバルプログラムを立ち上げ、大学などの教育機関に対しClassiqの先進的な量子コンピューティングプラットフォームとマイクロソフトの「Azure Quantum」による量子コンピュータへのクラウドアクセスを提供している。

Classiqの技術マーケティング担当マネジャー、Erik Garcell(エリック・ガーセル)氏によると、同プログラムは大学でAutoCAD等の設計用ソフトと同じように利用するのがお勧めだという。

量子コンピューティングの人材ギャップ解消についてはグーグルも重要な取り組みを進めている。その1つが「Cirq」というオープンソース フレームワークの構築だ。量子回路を作成、操作、最適化、さらに量子コンピュータやシミュレータ上で実行するためのPythonソフトウェアライブラリとなっている。

また、世界中の大学の学生や教員と協力、相互の関わり合いや学習、研究の促進を図っている。「Quantum AI」チームは毎年インターンシップ、博士フェローシップ、研究奨学生プログラム、研究賞、量子シンポジウム等の複数のプログラムに参加、チームの多様化を進めつつ革新的な量子コンピューティングの研究に投資している。

 

今後の量子人材:多様性が拡大、博士号取得者は減少

量子業界では従来、量子コンピューティングの博士号を持つ人材を求めてきた。一方、量子技術が進歩し、広くコンピューティングインフラとの統合が進むにつれて、理論と実務の両面に明るい人材への需要は高まる一方だ。

Lanes氏によると、IBMでは量子物理学の理論的理解が深く、端末レベルの業務ができ、ビジネス指向の考え方をする人材を探しているという。「この分野は誰でも学べると考えています。人々は恐れているだけです」

また、企業は採用に関する考え方を変える必要があると付け加えた。学士卒や修士卒で適性のある学生は多く、少し教育すれば量子分野で働くことが可能だとした。また、ここ3年の間に教育現場で変化が進み、量子コンピューティングの修士課程や学士課程を提供する大学が増えたという。

米コンサルティング大手ブーズ・アレン・ハミルトンの量子担当技術リード、Isabella Bello Martinez(イザベラ・ベッロ・マルティネス)氏も同意見だ。量子技術チームの一員として成功するために博士号は必要ないと話す。また、今後もっと多様な量子技術者が活躍することを望んでいるという。

「量子技術チームの一員として成功するために研究の道に進む必要はないと考えています」。氏は米SDxCentralの取材で語った。「これを機に物理分野で少数派となってきた人々に門戸が開かれ、これまで頼みにしてきた層に限らず多様な量子人材が現れることを望んでいます」

Garcell氏は、いずれ量子人材はソフトウェア開発者と区別がつかなくなるだろうと予想している。

「じっさい、量子コンピューティングはHPC(高性能計算)インフラに組み込まれ、CPU、GPU、TPUなどと一緒にソフトウェア開発者が利用することになるだろうと予想されます」と氏。「将来的にはQPU(量子プロセッサ)も一般的になり、ソフトウェア開発者が利用できるようになるでしょう」

IBMのLanes氏は量子コンピューティングの勢いが増していくことを期待している。「私たちは今、ちょうどトラクターを動かし始めた時点にいるようなものです」

「将来的には、テック業界の全ての人が、少なくともいち技術として量子コンピューティングに馴染んでいくだろうと思います」とLanes氏。「その頃にはもちろんディープテック業界で働く人は、あらゆる層、スタックのあらゆる部分で今よりもずっと多くなっているでしょう」

Martinez氏は以下のように強調している。「(量子コンピューティングの潜在力を発揮させるためには)産学官が一体となった取り組み、特に教育を担う部門での取り組みが絶対に必要です。学業のあらゆる段階で人々がどのようにSTEM教育に触れるべきか、一致して再考しなくてはならないと考えています」

IBM, Microsoft, and Google Race to Close Quantum Skills Gap

Nancy Liu
Nancy Liu Editor

Nancy Chenyizhi Liu is an Editor at SDxCentral covering cybersecurity, quantum computing, networking, and cloud-native technologies. She is a bilingual communications professional and journalist with a Bachelor of Engineering in Optical Information Science and Technology, and a Master of Science in Applied Communication. She has nearly 10 years of experience reporting, researching, organizing, and editing for print and online media companies. Nancy can be reached at nliu@sdxcentral.com.

Nancy Liu
Nancy Liu Editor

Nancy Chenyizhi Liu is an Editor at SDxCentral covering cybersecurity, quantum computing, networking, and cloud-native technologies. She is a bilingual communications professional and journalist with a Bachelor of Engineering in Optical Information Science and Technology, and a Master of Science in Applied Communication. She has nearly 10 years of experience reporting, researching, organizing, and editing for print and online media companies. Nancy can be reached at nliu@sdxcentral.com.

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